お茶のひととき 12

 回転の方向はそれ左回り穴子来て鮪来てイカ来て穴子来(く)

 

                                    小池光

 

                             『草の庭』~「回転寿司トリトン」


歌壇を牽引する第一人者である小池光氏の第四歌集より。この『草の庭』の「回転寿司トリトン」には掲出歌を含め五首が収められている。いずれも高度な、厳選された言葉回しにより、小池光氏の掌の上で、回転寿司のネタが愉快な、しかし匕首のように鋭くもある短歌となってあらわている。

「回転の方向はそれ左回り」についてだが、回転寿司の台のまわり方は私の知る限り右回りである。ここに小池氏のありそうでない、非日常へと読者を誘う舞台設定が表れていると思う。また、「トリトン」という回転寿司の店名は、小池氏らしく穿った命名だなあ、と感心していたが、ふとインターネットで調べてみると、実在することが分かった。それもかなり有名な店らしい。意外なことであった。なお私見だが、第二句の「それ」が、一首をきびしく引き緊めていると考える。


次の一首は、

 

 穴子来てイカ来てタコ来てまた穴子来て次ぎ空き皿次ぎ鮪取らむ

 

である。この一首、「穴子‐来て/イカ‐来て‐タコ‐来て/また‐穴子/来て‐次ぎ‐空き(‐)皿/次ぎ‐鮪‐取らむ」と、初句から四句までは必要最低限(五音句ゆえ)の2箇所のみ3拍、他はすべて2拍としながら、結句を2拍‐3拍‐3拍でおさめており、作者の貪欲なリズム・音韻追及の姿勢を、ユーモアというオブラートでつつんでいるように読みとれる。


以下三首は引用のみを、させていただきたい。


 次ぎ河童巻取らむ河童巻いまだこれ河童巻否(いな)干瓢巻


 これなにかこれサラダ巻面妖なりサラダ巻パス河童巻来よ


 タコ来穴子来タコ、タコ来海老来稲荷も来ねこいらず来(こ)ずショーユも来(く)

                 ※3首目は( )書きを付していない「来」にもルビの「き」あり


この一連、声に出して読んでみるとなお一層、その音韻とユーモアの妙味が腹に染みわたる。ここにこそ、現代短歌を「歌」として再構築する小池氏のねらいがあり、「回転寿司トリトン」に対する評価の照準を合わせて良いのではないだろうか。


『草の庭』の歌は、何気ない世界が小池光氏の感性によって切り取られると、こうも鮮やかに立ち顕れるのか、と思わせられるものばかりだ。そして上述のような遊びごころのある歌も収録されている。

 

さて、小池光氏は私の「師」である。結社『短歌人』ではだれであれ「先生」とは呼ばず、○○さん、と呼ぶ決まりになっているから、「小池先生」と呼んだことはない。しかし、『短歌人』入会と同時に小池光氏に詠草をお送りし、添削をお願いしてきた経緯から、やはり私にとっては「師」なのだ。退会して日の経つ今もなおそう思っている。言葉を定型に収めるのも覚束ず、めちゃくちゃだった私の短歌の添削に小池氏は随分手を焼かれたことだろうと推察する。歌会などでお会いしても緊張してご挨拶もままならなかった。「小池先生」とは永遠に呼べないが、やはり「雲の上の存在」だ。(綾/漂)