2017.9

 

   山鬼の里

                           

 

 

稜線を風があやふく吹きさらふ山ちはやぶる神の在り処ぞ

 

「遭難者五名」低くをヘリが飛ぶとりわけ山は贄恋ふらしも

 

石礫ころがり落つる岩壁を太き腕(かひな)がピッケル突けり

 

山の端ははしなく霧らふ須臾の間をまぼろしとてありわが隠れ里

 

おもふだにわれが生まれは里なるををのこめのこが囁きわらふ

 

里にゐて手毬歌うたふわらはべをたちまち鬼が喰ひてしまひつ

 

山鬼がてつぺんを往く銃声はただに虚ろに谺するのみ

 

件なる化けものの居る隠れ里うしの泪は驟雨を呼べり

 

あやしき血いづくより受く鬼なれば里の厨にひとの脚煮る

 

紅葉(もみぢ)する隠れの里よ山鬼となりて両眼は血のいろ映す

 

 

2016.6

 

     熱帯の魔物                 

   

 隠沼(こもりぬ)は昼なほ昏し別れむとする女男の声消えてしまひぬ

 

嫋やかにまとふ更紗のいろ鮮しジャワのをんなは肉を食むべし

 

くたくたとをみなくづほるマンゴーの樹下(こした)に棲むとふ魔物の手ゆゑ

 

上弦の月の刃が尖るとき男は女の首に手を掛く

 

熱帯の鳥の一声空を切る眠れぬ女男の朝は鈍色

 

「行かないで」叫ぶ女のうしろざまジャガランダの樹が覆ひかぶさる

 

牛一頭熱砂のうへに眠りたりをみな黙して豆を煮てをり

 

口づけを交はす二人の背の昏しコブラの頭すばやく迫る

 

真夜中の屋台のをみな紅(くれなゐ)の唇をもてをとこ罵る

 

 

尿(ゆまり)する女の背(そびら)に振りかざすくろがねの斧の油めきたり

2015.6


   御霊送り


苦き実を噛みつつ覗く濡れそぼるポストに喪中欠礼葉書


とほどほに野球少年らの声が澄める日曜午後三時冬


世の果てに唄ふ声こそ切なけれ汝と我を隔つる性の


小さき背を折り曲げて茶を淹るる母もつとも美き菓子を捧げむ


血脈のおどろ思はる背の高くなりたる甥のまなこの昏さ


永遠に永遠に在るべき母の御霊送りを畏れつつ寝ぬ


くさはらに踏み入れば脚を切る草のするどき刃をもて冬が来ぬ


葬りの火凍土にぞ燃ゆそを囲む頬骨高き男女(なんによ)らの夜


月は血に染まり熱夜を照らしゐむ極彩色の鳥ねむる国


アボカドを握り潰して立ち上がる炎ひしひし眼(まなこ)を灼けり

2014.12


 暁の夢


とほくより児らの歓声聞こえ来つ水さはさはと騒立てるがに


紅薔薇の腐れ黒ずむ夕刻は何もかも捨て駅へと向かふ


雨しとど脚も濡らせり森を抜け川を渡りて愛人(アマン)のもとへ


飲みあぐね残しし紅茶ゆくりなく有明の月われを嗤へり


とほくより歩み来しかな釈迦像に護られ見るは暁の夢


くづほれて雨にぞ打たるしかすがに三ツ矢サイダー双手で握る


紅薔薇(そうび)一花炎のなかにあり瞑眩(めいげん)われを突如おそひぬ


ヴァイオリン協奏曲(コンチェルト)満つアルプスの雪解みづ唇(くち)に触るる歓び


おまへまで逝くのか力を込め握る集合写真ひかる稲妻


ますらをの笑顔が揺れぬさりながら怒りて干せるコップ酒かも